「御在所の山上にも、山口誓子句碑や伊藤冠峰詩碑など見所があります。文学散歩を楽しんできてください」。伊藤さんと高田さんに見送られ、御在所ロープウエイのゴンドラに乗り込むと、湯の山の町並みが眼下に次々と出現します。
威厳漂う緑色の銅板葺きの屋根は、「寿亭」の別館「水雲閣」。続いて小高い場所にある三岳寺。清流三滝川の両岸には、それぞれ趣向を凝らした旅館・ホテルが立ち並んでいます。
町並みが遠ざかると、隙間無く並び立つ木々の美しさに目を奪われることでしょう。春には、アカヤシオやシロヤシオなどに代表されるツツジ類や、ホンシャクナゲ・コブシなどの木々が、花の競演を繰り広げます。
一方、秋の紅葉は10月中旬頃には早くも山上から始まり、一ヶ月以上かけて徐々に麓へと降りていきます。ゴンドラから見る紅葉は、まるで綾錦の絨毯のよう。古くから人々を魅了してきた光景が、手に届きそうな距離で展開します。
途中、登山者の姿を見かけたり、不思議な形の岩を楽しんでいると、あっという間に山上に到着。12分間の空中遊泳です。
御在所ロープウエイの「山上公園」駅から山頂までの間は、一人乗りの観光リフトがおすすめです。約10分の間、両側に続くのは、アカヤシオ・サラサドウダン・ベニドウダンなどのツツジ。花の美しさは言うまでもありませんが、小さな葉が紅葉するのも一見の価値があります。
山頂でまず出迎えてくれたのは、一等三角点の標識と巨大な岩の数々。御在所山がこうした花崗岩で出来ていることを改めて実感します。麓の三滝川にあった大石も、悠久の時を経て山から流れ着いたものなのでしょうか。
現代俳諧を代表する俳人の一人・山口誓子の句碑も、岩の上に建っていました。山上公園の方を向く表側を見ると、「雪嶺の 大三角を 鎌と呼ぶ」の句が刻まれています。
山口誓子が病気療養のため、四日市市に居を移したのは昭和16年(1941)のこと。後に鈴鹿市へと転地療養する間も、北勢地方の文化人や名士との交流を盛んに行い、多大な影響を与えたといいます。
句は、昭和34年(1959)に御在所山に登った時のもの。後に『誓子句碑アルバム』で、「雪の鎌ヶ岳は殊に見事な正三角形であった。私はその大なることを強調して『大三角』と表現した」と綴っています。
句碑近くから南の方を仰ぎ見ると、簡単に鎌ヶ岳を確認出来ました。雲の間から覗く頂は、誓子の言葉通り、見事な正三角形をしていました。
句碑を後にして、木々の間を縫うように続く道を5分程度進むと、突然視界が開け、山をかたどったモニュメントを載せた石碑が現れました。昭和43年(1968)、御在所を中心とした鈴鹿山脈が国定公園に指定されたことを示す記念碑です。
「大自然 自然のままに美しく」は、誰もが共感する思いでしょう。
記念碑をバックに立つと、目の前は一面のクマザサ草原。爽やかな風が頬をなでていきます。山上一帯の気温は、一年を通して平野部より10度も低く、夏期でも快適なハイキングが楽しめるでしょう。
整備された歩道を進むと、やがて小さな池にたどり着きます。長者池です。ここにはある伝説が語り継がれています。伝説とは、木こりや炭焼きをしていた甚太郎という人の話。ある時、地図を作るというので、山に詳しい甚太郎が案内役をすることになりました。そんなある日、御在所山上で夕飯のための米のとぎ汁をこの池に流すと、すうっと池の底に吸い込まれていきます。同じことが続いたある晩甚太郎の夢枕に白衣の老人が現れ、「我は御在所山中に住む竜神なるぞ。汝に授けるものあり」と告げます。池で一心不乱に祈ったところ、不思議なことに彼の手でなでてもらうと、どんな病気でも治ってしまうように…。評判は遠方まで届き、長者になった彼は、その富を村のために使ったというものです。
甚太郎は実在の人物。人並み以上に強健で知恵も優れていた彼が、その才覚で得た巨万の富を村に寄付した話も事実だといいます。
直径10メートル程度の小さな池ですが、人々によって手入れされていることが分かります。鏡のように澄んだ水面には、青空が映っていました。
長者池から、御在所ロープウエイの「山上公園」駅までの帰り道は、ゆっくり歩いても20分程度。菰野が生んだ偉人・伊藤冠峰の詩碑は、その途中で堂々とした姿を見せていました。
伊藤冠峰は、享保2年(1717)、絹織物商の家に生まれました。しかし、商売より学問好きな彼は、儒学や医術を学びました。多くの学者や詩人とも交わり、すばらしい漢詩を残しています。40歳で美濃の国に移り住んだ後も度々帰郷し、御在所山や鎌ヶ岳にも足を伸ばしたといいます。
詩の読みと意味は、『冠峰詩碑解説』(冠峰先生顕彰研究会)によれば次の通りです。
吾ガ州ノ山悉ク奇観
一峰斜メニ聳エテ危冠ノ如シ
奇ナル哉冠峰客盍ゾ游バザル
勝具ハ恐ラクハ小壮ノ秋ニ違ハン
秋去リ春来リテ人代謝
美ナル哉冠峰長ク悠悠
「わが伊勢の国の山は、すべてすばらしいながめである。その中で一つの峰がななめに聳えていて高い冠のよう。すばらしいよあの冠峰は、人々はどうしてここに遊ばないのか。人の達者な足はおおかた若くて元気のよい時とは年とともに変ってくるものだ。秋が去り春が来て月日はどんどん過ぎ、それにつれて人は新しいものが古いものに入れ代って行く。美しいよこの冠峰は、永久に限りなく悠悠としている」。
漢詩を読めば、自分の号を鎌ヶ岳の別称・「冠峰」と付けたのも頷けます。
詩碑から約10分で、散歩の終点、御在所ロープウエイの駅に到着。帰りのゴンドラからの絶景に感動しながら、立ち去りがたい思いが込み上げてきました。
参考文献
『菰野町史』『菰野 古碑とその風土』
『菰野 文学碑とその風土』
『鈴鹿山脈のメッカ/御在所ゆうゆう』
『冠峰詩碑解説』など
|