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落語・歌舞伎・講談・浪曲などは、古いものは400年も前から、 形式がほぼ変わらずに受け継がれ、今に伝わっています。漫才は、もっと古い伝統のある芸能です。しかし、 その形式は時代とともに変わり、文字も万歳から昭和の初期には漫才となり、今ではマンザイとかMANZAIとか書くようにもなりました。大賞賞金1,000万円を競うM1グランプリのMは漫才の頭文字です。 万歳はもともと、おめでたい言葉に節を付けて言う、祝福芸から生まれました。 「誉めて悦ぶ御代なら 歌い初めや舞い納め 笑う門には福来たる 朝熊の山の裏白や 熊野様の結う釣りは 姫こに 小松に 藪柑子 賑やかに 歳の神を祭る 千年なるお祝い 千秋万歳楽までも」でしめくくる御殿万歳のせりふにもあるように、 「笑う門には福来たる」 の言葉どおり、 笑いの部分が拡大し、やがてそちらのほうが中心になっていったのです。 「真似しマンザイ米もらい」。 人真似をすると、こう言って冷やかされた経験がある方は、 40歳以上の世代ではないでしょうか。万歳一座が様々なパロディーをして笑いをふりまく、そしてご祝儀に米をもらって帰る。 人を笑わせることが、はしたないことと考えられていた時代、この言葉の中には、いろいろな情景が隠されています。 尾張万歳、 三河万歳、 加賀万歳など全国各地に、古典芸能としての万歳が残っています。伊勢万歳もそのうちの一つですが、現在後継者は鈴鹿市の村田清光さんと津市の中川晃さんお二人だけ。しかも、 このお二方の芸は、古典万歳から近代漫才への過渡期の内容を今も色濃く残し、公の機関が映像を記録して保存に取り組んでいるという全国的にも貴重な存在なのです。「真似しマンザイ」とはよく言ったもので、 民謡、 浪曲、大道芸など次から次に繰り出し、 まるで芸能の玉手箱のようなお二人です。 村田さんたちの古式ゆかしい衣装から想像したり、 何百年も続く伝統芸能だというと、 とても堅苦しい芸のように思うかもしれませんが、 決してそうではありません。なぞかけや、小ばなし、 そしてちょっとした猥談も取り混ぜて、公演会場はいつも大きな笑い声があふれます。 昔のように家々をまわることはなくなりましたが、地域の催しや福祉施設の慰問など、 さまざまな場所で伊勢万歳は演じられています。綺麗なホームページもありますので、公演情報を得て、ぜひ一度ご覧ください。懐かしくもあり、新鮮でもあるおもしろ芸能です。
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![]() 村田清光さん(右)と中川晃さん(左)扮する太夫と才蔵が家々を回る。 ![]() 鼓で合いの手を入れ「鶴は千年亀は万年」とおめでたい言葉で寿いだのが万歳のはじまり。 ![]() 尾張万歳からの応援で三曲万歳を舞台で演じる二人。 ![]() 昭和20年代の旅興行の様子。 笑顔一座という名で近畿地方を巡業した。 ![]() 万歳で使う楽器は三味線と鼓と胡弓 |
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