マスカケイワイ
今に残る風習

 長寿祝いの風習の一つで、88歳の米寿 (マスカケ)を幸福の象徴とし、そのお年寄りの手形を半紙に押したものを玄関に貼付け、福にあやかります。
 そもそもマスカケは升掻(升に盛た穀類を平らにする棒) のことで、米寿に升掻を切って福を呼び込むとする風習は古く、井原西鶴 『日本永代蔵』の京都北山の話にも、88歳の年始に升掻を切るとの下りがあります。転じて米寿をマスカケと呼び、この升掻を親戚縁者に配ったり、手形と一緒に配ったりする風習が全国各地に見られます。
 伊賀地方のうち、名張市では、手形と升掻のほかに杓文字、銚子、盃などを親戚筋や近所に配るところや90歳からの年祝いに朱色の墨を使うところお年寄りが亡くなると正月明けのどんど焼で焚くというところもあり新興住宅地を除いて広くこの風習が残っています。東紀州地方とその北に続く沿岸地域も分布が多く、熊野市二木島や 遊木では、男性は左手、女性は右手で押して玄関に貼ると長生きするといい、「ハチジュウハチボク」との呼び名もあります。


名張市黒田家の民家

名張市黒田家の民家
名張市黒田の民家。戸口の内側に手形、外側に杓文字が貼り重ねられており、毎日くぐることでご利益を受けるという。
 
勧請縄

 地区の入口に注連縄を張り渡す習俗。悪事災難の侵入を防ぎ、福や宝が 外に流れ出ないように祈る道切り(結界)の意味があり土地の人々によって毎年1月に新しく張り替えられます。
 旧関宿の西追分から大和・山城へ続く 旧大和街道を行くと、この勧請縄を3ヶ所で目にすることができます。伊賀町の岡鼻と中柘植では、巽(南東)の方向に流れる小川に張り渡した大注連縄に、鍋取や瓢箪、酒樽、米俵などが吊るしてあり、集落に入ってこようとする疫病神にこれらを持て引き返してもらおうとの意味合いがあるそうです。
 上野城下より西の長田平尾には、80メートルもの長い勧請縄が掛けられており、寛永年間 (1624〜1643) に疫病が流行った折に 始まったと伝わります。毎年1月11日地区の全33戸から藁を持ち寄って注連縄と藁細工を綯い、射手神社の宮司さんによる神事を受けたのち、地区の裏鬼門(南西)にあたる谷へ運んで渡します。







上野市長田平尾の勧請縄
上野市長田平尾の80メートルある勧請縄。かつては倍の長さがあり、谷全体に渡していたという。
 
 
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